千葉の沖に、全長約90メートルの掘削装置が立っています。掘っているのは天然ガスを取り出す井戸ではなく、CO₂を入れられる地層があるかを確かめるための穴です。
① いま、何が起きているのか
INPEXと関東天然瓦斯開発の合弁会社である首都圏CCS株式会社が、2026年7月6日、千葉県九十九里沖合約5キロメートルの地点で、試掘1坑目「九十九里沖J-1」の作業を開始しました。目的は、CO₂の貯留に適した地層の存在を確認することです。事業はJOGMECから「先進的CCS事業に係る設計作業等」を受託したもので、同年4月に経済産業大臣から試掘の許可を取得しています。
想定されている構図も示されています。日本製鉄東日本製鉄所君津地区および京葉臨海工業地帯の複数産業からCO₂を回収し、パイプラインで輸送して、千葉県九十九里沖の海域に貯留する。2030年代初頭までの貯留開始を目指すとされています。
出典:INPEX「千葉県九十九里沖でのCCS試掘1坑目(九十九里沖J-1)作業の開始について」(2026年7月7日)
7月22日には、現場が報道公開されました。共同通信の配信記事によれば、海上に置かれているのは全長約90メートルの海洋掘削装置で、ヘリの発着場を備えています。5キロ沖に加えて13キロ沖の地点でも試掘を行う計画で、掘削は来年1月までの予定。実用化は2030年代前半を目指すとされ、あわせて地元から生態系への影響を懸念する声が上がっていることも伝えられています。
出典:共同通信「九十九里沖でCO2貯留へ INPEXが試掘を公開」(2026年7月22日・河北新報オンライン掲載)
いま確かなのはここまでです。地層が本当に貯留に適しているかどうかは、これから掘って確かめる段階にあります。適地だと分かった、という話ではありません。
② なぜ、これが重要なのか
CO₂を回収して地下に閉じ込めるCCSは、製鉄や重化学工業の脱炭素として語られることが多い技術です。今回も、想定される回収元は製鉄所と臨海の工場群でした。ガス業界の記事の題材としては、少し遠く見えるかもしれません。
けれど都市ガスの脱炭素は、そもそも二本立てで組み立てられています。ひとつは燃やす分子そのものを差し替える道——e-メタンや水素です。もうひとつは、燃やして出たCO₂を回収して地下に戻す道。CCSの解説章で整理した通り、後者は前者が間に合わない分を引き受ける役回りにあります。
この二本目が成立するかどうかは、一本目に求められる速度を変えます。回収して埋める経路が実在するなら、天然ガスをそのまま使い続けられる領域が残る。化石燃料を原料にしながら低炭素とされる水素やアンモニアも、製造時に出たCO₂を回収して地下に貯留できることを前提にした考え方です(カーボンニュートラルの全体像)。逆に受け皿ができなければ、分子の差し替えだけで期限までに辻褄を合わせることになります。
つまりガス業界の移行スケジュールは、自社の努力ではまったく動かせない条件——地層があるかどうか——を、前提の一部として抱えているということです。今回の試掘は、その前提を初めて物理的に確かめにいく作業にあたります。
③ だとすると、業界はこう動く
第一に、CCSの成否は技術というより場所の問題として現れます。地層は動かせず、CO₂も気体のまま遠くへ運ぶのは容易ではありません。だから「大量の排出源」と「貯留に適した地層」が、パイプラインで結べる距離に揃っている必要がある。京葉臨海と九十九里沖という組み合わせは、その条件を満たしうる候補として選ばれたわけです。裏を返せば、同じ条件が揃う組み合わせは全国に無数にあるわけではありません。どの排出源が受け皿に接続できるかは、地理でおおよそ決まってしまいます。
第二に、受け入れの合意が新しい仕事になります。今回も地元から生態系への影響を懸念する声が出ていると報じられました。ガス事業者は導管を敷き、供給設備を置き、地域と長く付き合ってきた業界です。地元説明そのものは既知の作業といえます。ただしCCSが違うのは、その設備が地元に直接の便益をもたらすものではないという点です。ガス管を通せばガスが使えますが、CO₂を埋めても地元の暮らしが目に見えて変わるわけではない。同じ「地域との合意」でも、話の立て方は変わります。
第三に、回収したCO₂の行き先が分岐します。地下に埋めて閉じ込めるのか、それとも水素と反応させてe-メタンの原料に回すのか。メタネーションの解説章で見た通り、合成メタンをつくるにはCO₂が要ります。回収という工程までは、両者はまったく同じ道を歩きます。
ここには留保が要ります。埋めることと使うことは、必ずしも取り合いではありません。想定される規模も、必要になる時期も違います。同じ排出源から出たCO₂を、一部は埋め、一部は原料に回す形も当然ありうる。それでも、回収設備をどこに付けるか、そのCO₂をどの経路につなぐかという設計判断は、遅かれ早かれ選ばなければならない。回収は始まってから考える工程ではなく、配管の向きを決めた時点でおおむね決まってしまいます。
④ 経営として、何を問われるのか
自社の脱炭素計画のなかで、「地層」を見ている人はいるでしょうか。
e-メタンの製造コストも、水素の調達先も、担当が決まっているはずです。では、自社の供給エリアや設備が、将来どのCO₂の受け皿に接続しうるのか——それを地図の上で説明できる人は、社内のどこにいるか。今日の時点でその答えが出てこないなら、それは計画の欠落というより、まだ誰の担当にもなっていないという話かもしれません。
まとめ(3行)
- INPEXと関東天然瓦斯開発の合弁・首都圏CCSが2026年7月6日、千葉県九十九里沖合約5キロメートルでCCS試掘1坑目に着手。CO₂の貯留に適した地層があるかを確認する段階で、2030年代初頭までの貯留開始を目指す
- 都市ガスの脱炭素は「分子を差し替える」道と「出たCO₂を戻す」道の二本立て。後者が成立するかどうかが、前者に求められる速度を左右する
- CCSは排出源と地層の距離という地理の制約を受け、地元合意という新しい作業を伴う。回収したCO₂を埋めるか原料に回すかの分岐は、配管の設計段階で事実上決まる