国家備蓄の放出は効きました。代替の調達先も見つかり、7月と8月の調達量は危機前に近い水準まで戻っています。ところが8月18日の審議会に出た文書は、その成功の記述を出発点に、平時から金を払う制度の話を始めていました。
① いま、何が起きているのか
2026年8月18日、総合資源エネルギー調査会 資源・燃料分科会 資源開発・燃料供給小委員会の第28回会合が開かれました。示された資料のひとつが、その下の石油等の供給構造の強靱化ワーキンググループによる「原油等の調達先や輸送経路の多角化に向けた構造的対応に関する論点整理(案)」です。
文書がまず事実として置くのは、この数か月の経緯です。
- 中東情勢の変化により、長期間にわたって原油タンカーが事実上ホルムズ海峡を通ることができない状況が現に生じ、日本の石油の輸入量は激減した
- この供給不足を補うため、2026年4月には過去最大規模の国家備蓄石油の放出によって国内の供給を確保した
- ホルムズ海峡を経由しない経路からの代替調達を進め、足元の2026年7月および8月には、前年平月比で約10割の調達への回復に目途が立っている
- したがって、石油備蓄制度は所期の目的を果たしていると考えられる
制度が効いた、という評価です。そのうえで文書は続けます。事態発生後の緊急的な調達先の切り替えは、不確実性や追加コストが伴うことが明らかとなった。だから平時から多角化を進め、特定の経路への依存度を低減することが重要である、と。
平時の多角化として想定されているのは、陸上パイプラインの活用による船積港の変更や、調達先の変更によるチョークポイントの回避です。ただし難点も併記されます。ホルムズ海峡を経由しないルートは、経由する調達と比べて航行日数の増加やパイプラインの利用等により輸送費等が割高になり得る。強靱性と追加コストのバランスを踏まえた総合的な検討が必要である、と。
そのうえで示された制度の骨格が、次の三段です。
- 多角化の取組を実施する原油・ナフサの輸入業者が計画を提出し、大臣が認定する
- 経済性や多角化への寄与度等を総合的に評価し、その取組に要する輸送費等をJOGMECが支援する
- 支援の原資には、原油・石油製品の全輸入業者全体から徴収する納付金を充てる
狙いは、文書の言葉では「危機時と平時のリスク・コストを平準化する仕組み」の導入です。留意点も明記されました。製油所およびその川下産業の国際競争力への影響や諸外国との関係等に配慮すること、そして支援と財源の必要性については政府が適切に説明する必要があること。
出典:資源エネルギー庁「原油等の調達先や輸送経路の多角化に向けた構造的対応に関する論点整理(案)」(第28回 資源開発・燃料供給小委員会・2026年8月18日)
② なぜ、これが重要なのか
エネルギー安全保障の議論は、たいてい「危機が来たらどうするか」で組み立てられます。備蓄を積む、緊急時に放出する、代わりの売り手を探す。今年の春に動いたのも、その系列の手段でした。
今回の文書が引いた線は、そこにありません。備蓄は目的を果たしたと書いたうえで、なお足りなかったものを名指ししています。足りなかったのは量ではなく、切り替えるまでの時間と、そのとき払わされた値段のほうでした。
厄介なのはここから先です。平時から細い代替経路を維持しておけば、有事の切り替えは速く、安くなる。ところがその経路は平時には割高です。航行日数が延び、パイプラインの使用料がかかる。とすれば、合理的に費用を管理する事業者ほど、平時にはその経路を選びにくくなるはずです。誰も間違っていないのに、結果として国全体が一本の経路に寄っていく。
だから制度で払う、という順序になります。原資を「原油・石油製品の全輸入業者全体から徴収する納付金」に置いたところが、この案の要でしょう。取り組む会社だけが負担する形にすると、取り組むほど競争上不利になり、続きません。負担を全体に広げ、支援は取り組む者に集める。保険料と保険金に近い設計が、燃料調達に持ち込まれようとしています(エネルギー安全保障の解説章)。
③ だとすると、業界はこう動く
対象は原油とナフサで、都市ガスの原料であるLNGではありません。それでも読み替えられる論点があります。
第一に、「認定」を前提にした制度は、書類の設計勝負になります。経済性や多角化への寄与度を総合評価する以上、審査に出す側は自社の調達構成と輸送経路を数字で説明しなければなりません。どの経路にどれだけ依存し、代替に切り替えると費用差はいくらか。ふだんから持っている会社と、これから集める会社では初動が変わります。
第二に、納付金は、多角化しない事業者にとっては純粋な費用増です。原油・石油製品の全輸入業者から徴収する以上、そのぶんは最終的にどこかへ乗る。文書が製油所と川下産業への配慮をわざわざ書いているのは、ナフサが石油化学の基礎原料でもあり、この経路が見えているからでしょう。
第三に、ガスの側から見たときの相似形です。この論点整理はLNGを対象にしていません。ただ、「特定の経路への依存度を平時のうちに下げておく」という論点そのものは、燃料の種類を選ばない。今回の案は、その引き下げが個社の努力では成立しないという判断を制度の形にしたものです(LNG市場の解説章)。
留保を置きます。示されたのは案で、決まった制度ではありません。導入時期も納付金の水準も認定基準も、この文書には書かれていない。「検討する必要がある」という結びが三度繰り返される段階です。
④ 経営として、何を問われるのか
平時の割高を、誰が、どんな理屈で負担するのか。この案が突きつけているのは、要するにそれだけです。
そして、それは社内でいちばん通りにくい支出です。安いほうを選ばない理由を、何も起きていない年度に説明しなければならない。事故も欠品も起きなかった年の保安費用と同じで、うまくいく限り「使わなくてよかったもの」に見え続けます。
自社の調達地図を広げたとき、そこに「いま使っていないが、使える」経路はいくつ描かれているでしょうか。
まとめ(3行)
- 2026年8月18日、資源開発・燃料供給小委員会(第28回)に「原油等の調達先や輸送経路の多角化に向けた構造的対応に関する論点整理(案)」が示された。国家備蓄の放出と代替調達により2026年7月・8月は前年平月比で約10割の調達への回復に目途が立ち、備蓄制度は所期の目的を果たしたとされる
- 一方で、緊急的な調達先の切り替えには不確実性と追加コストが伴うと明らかになったとして、平時からの多角化を制度で支える案を提示。原油・ナフサ輸入業者の計画を大臣が認定し、輸送費等をJOGMECが支援。原資は原油・石油製品の全輸入業者から徴収する納付金
- 狙いは危機時と平時のリスク・コストの平準化。ただし論点整理の案であり、導入時期・納付金の水準・認定基準は示されていない。製油所と川下産業への影響と政府の説明責任が留意点に併記された