今年3月、カタールのLNG生産が止まり、アジアのスポット価格は一時84ドルを超えました。それでも国内の供給は揺れなかった。効いたのは在庫と調達先の分散ですが、その奥でもうひとつ効いていたものがあります。日本に入るLNGの8割程度が、スポットではなく長期契約で買われているという構造です。この特集は、その構造そのものに期限が入っていることを掘ります。2030年から、契約が順番に切れはじめる。
背景 — なぜ今、これを掘るのか
まず、3月に何が起きたかを短く確認しておきます。
3月2日、カタールエナジーはLNG操業施設が軍事攻撃を受けたことによりLNGの生産停止を発表し、3月4日にフォースマジュール(不可抗力条項)を宣言しました。アジアのLNGスポット価格(JKM)は、2月27日時点の11.06ドル/mmBtuから、3月7日には84.76ドル/mmBtuまで飛びます。3月25日時点では18.02ドル/mmBtuでした。
出典:資源エネルギー庁「燃料調達をめぐる動向と電力・ガスの安定供給について」(2026年3月27日・資料7)、同「LNGをめぐる動向と電力・ガスの安定供給について」(2026年3月10日・資料3)
そのとき日本の側はどうだったか。2025年のLNG輸入量は約6,498万トン、中東依存度は10.8%、ホルムズ依存度は6.3%。ホルムズ海峡を経由する輸入は約400万トンで、全体の6%程度です。原油のホルムズ依存度が93.0%であることと並べると、LNGの分散がどれだけ進んでいたかがわかります。加えて、電力・ガス会社が持っていた在庫は400万トン程度。国の資料は、これがホルムズ経由のLNG輸入量の約1年分に相当する、と書いています。
つまり3月の局面で効いたのは、価格ではなく物量の備えでした。ただし、備えが効くのは短期の話です。数年単位で効いているのは、もっと地味な仕組みのほうです。
日本に入るLNGの8割程度は、長期契約によって購入されています。スポットで買うより、決められた量を決められた価格の式で買う。その比率が高いから、市場が84ドルに飛んでも、国内の調達コスト全体は同じ倍率では飛ばない。
そして、この8割を支えている契約の多くが、2030年代に満了を迎えます。以下、三つの論点で掘っていきます。
論点① 長期契約が買っているのは、安さではない
長期契約というと「安く固定できる契約」というイメージがあります。国の資料は、そこを明確に否定しています。
常に長期契約による調達が安価な訳ではなく、市況によっては価格が逆転することもあることに留意しつつ、中長期間に亘って調達価格を安定させる最適なバランスの追求が必要
出典:資源エネルギー庁「安定供給に必要な燃料の確保について」(2025年10月15日・資料3)(第80回電力・ガス基本政策小委員会 令和6年9月9日資料3を引用)
長期契約が買っているのは、安さではなく振れ幅の狭さです。スポットが安い年には割高になり、スポットが飛んだ年には割安になる。平均すればどちらが得かは事前にはわからない。わかるのは、価格の分布が狭くなることだけです。
だとすると、長期契約をどれだけ持つかという判断は「安く買う」問題ではなく、「どこまでの振れを飲めるか」という問題になります。同じ資料は、その配分を三つのケースで並べています。2040年度時点で、日本全体の長期契約量を5,000万トンとするか、6,000万トンとするか、7,000万トンとするか。
- ケース1(5,000万トン):需要が相対的に少ない場合、余剰発生リスクが低く調達コストが最小になる可能性。一方、需要が上振れればスポット調達量が増え、調達コストが大幅に増加する可能性
- ケース2(6,000万トン):スポット依存を抑えつつ長期契約の余剰リスクも抑え、需給変動に対して平均的な調達コストが最も安価になる可能性
- ケース3(7,000万トン):余剰リスクはあるが、安定的な価格で厚めに確保することで市況高騰リスクを回避し、調達コストの予見可能性を確保できる可能性
そのうえで資料は、日本における将来的な調達コストの安定性および予見可能性の観点からは、2040年度時点で我が国全体で6,000〜7,000万トン程度の長期契約を確保することが調達コストの期待値の最小化および振れ幅の縮減に寄与するとの試算もある、と紹介しています(詳細は今後の資源開発・燃料供給小委員会で議論予定、とも付記されています)。
三つのケースに優劣がないところが、この図の本質だと思います。最小コストを狙えば市況リスクが大きくなり、最大コストを抑えれば余剰を抱える。どこを選ぶかは、その事業者が何を守りたいかの表明になります。LNG市場の解説章で見た価格指標の構造は、この選択の前提条件にあたります。
論点② 契約は、結んだあとも動いている
「長期契約8割」と書くと、8割が動かない塊に見えます。実際はそうではありません。
国が大手電力会社に行ったヒアリングによれば、年度当初の計画では、需給変動をはじめとした市況リスクに備えて、各社が受け入れるLNGのうち9割程度を長期契約によって調達する計画としている。ところが年度中に長期契約の転売や追加のスポット調達等を行うことにより、実績の受入量に占める長期契約の比率は計画時を下回る傾向にある——そう整理されています。しかも実績の長期契約比率は、減少傾向が続いている。
計画9割、実績はそれ以下。この差は、契約が「持っているだけのもの」ではなく、期中に運用される在庫のようなものになっていることを意味します。同じヒアリングには、各社が長期契約を前提に、①スポット調達、②柔軟性オプション、③トレーディングを活用して最適化を図っている、と書かれています。
この運用を可能にしているのが、契約条件の変化です。資料は、仕向地条項の撤廃が進むなかで、柔軟性確保の観点から仕向地に係る制約の少ない契約を志向する、という事業者側の姿勢を挙げています。買った貨物を、契約で決められた港以外へ持っていける。転売できる。ここが開いたことで、長期契約は「動かせる資産」になりました。
価格の側も一本ではありません。長期契約の価格指標はJCCなどの原油価格連動が主流ですが、米国の天然ガス価格指標(ヘンリーハブ)を中心に、連動価格指標の多様化が進行している、とされています。原油に連動する契約と、米国のガス市況に連動する契約を混ぜれば、値動きの相関を薄められる。契約期間、契約方式、契約先——三つの軸で多様化を進めている、というのがヒアリングの整理です。
ここで押さえておきたいのは、この柔軟性が両刃だということです。転売できるから厚めに買える。しかし転売できるから、実績の長期契約比率は計画より下がる。柔軟性は交渉力を上げると同時に、統計上の「長期契約8割」を静かに削っていきます。
もうひとつ、実務的な数字を挙げておきます。スポット調達には通常2か月程度のリードタイムが存在する、と同じ資料は書いています。市況が飛んだ日に手当てしても、船は2か月後にしか着かない。3月の局面で在庫が主役になったのは、そういう時間の構造があるからです。料金と市場の解説章で扱った価格転嫁のタイムラグとは別に、物理の側にもラグがある、ということです。
論点③ 2030年に、契約の期限が並んでいる
ここが今回の芯です。
国のヒアリングによれば、大手電力各社とも2030年度頃までは概ね現在と同水準の長期契約量を確保している。一方、既存の契約は2030年以降順次期限が満了することから、2030年代前半以降のLNG長期契約量は減少傾向がみられる——そう書かれています。
ガス会社側も同じ方向です。LNGを自ら調達しているガス小売事業者(東京ガス、大阪ガス、東邦ガス、北海道ガス、仙台市ガス局、静岡ガス、広島ガス、西部ガス、日本ガス)へのヒアリングでは、各社が受け入れるLNGのうち9割程度は長期契約による調達であるものの、長期契約による調達量はやや減少傾向、とされています。
そして全体像として、資料はこう整理しています。現在の長期契約に基づくLNG確保量は2030年代に契約満了により順次減少する。将来的に日本のエネルギーコストの期待値および変動幅を最適化する長期契約量を確保するためには、適切な現契約の更新および一定程度追加の契約が必要となる可能性がある、と。
厄介なのは、契約が切れる時期と、市場が買いやすい時期がずれていそうなことです。同じヒアリング結果には、市場動向についてこう書かれています。2030年頃までは米国・カタールを中心とした供給増により需給緩和が見込まれるが、2030年頃以降は東南アジアを中心に需要が伸長し、再び需給が引き締まる可能性がある。
買い手に有利なのは2030年頃まで。契約が切れはじめるのは2030年から。この二つを重ねると、更新交渉の入口は緩和局面にあり、出口は引き締まり局面にかかる可能性がある、という絵になります。しかも同じヒアリング結果には、契約交渉期間は短くて数か月、長くて3〜5年程度を要し、5年程度ごとにプライスレビューを実施することが定められた契約も存在する、と書かれています。「切れてから考える」という順番が、そもそも成立しにくい。
なお国は、こうした状況について、各社のLNG調達状況に係る定期的な調査(年1回程度)等を通じて契約実態や需給リスクを継続的に把握する必要があるのではないか、という論点を提示しています。まだ制度ではなく、検討中の問いです。
需要の側にも不確実性があります。同じ資料は、電力自由化の進展による販売電力量の予見性低下、長期PPAの減少、変動性再エネの導入拡大に伴う燃料消費量の季節変動の拡大、LNG火力の継続的な稼働率低下などの要因により、発電事業者が長期契約により燃料を安定的に確保することが難しくなりつつある、と課題を書いています。長い先の引取量を約束しにくい構造が、供給側ではなく需要側にできている。エネルギー安全保障の解説章で整理した「量の確保」という論点は、いま契約年限の問題として現れています。
反対から見ると
ここまでを「長期契約が細ると危ない」という話として描いてきました。単純化を避けるために、逆から見ておきます。
第一に、長期契約を厚く持つことにも損があります。需要が伸びず長期契約による供給が余れば、スポット価格で転売するしかない。市況が下がっている局面での転売は、そのまま損として出ます。ケース1(5,000万トン)を「薄すぎる」と読むのは早計で、需要が相対的に少ない世界では最小コストになる可能性が示されています。
第二に、この試算の前提である将来のLNG需要そのものに幅があります。第7次エネルギー基本計画に基づく将来のLNG需要量には一定の幅が存在する、と資料自身が書いている。どのケースが正解だったかは、事後にしかわかりません。
第三に、資料は国が量を決めるという書き方をしていません。事業者が長期契約を含めどのようなポートフォリオで燃料を調達するかは、基本的には中長期的な事業運営計画や市場環境等を踏まえた経営判断によるものであり、事業者にとってどのような調達ポートフォリオが適切かということは一概には言えない——そう明記されています。6,000〜7,000万トンは「目標」ではなく「試算もある」という水準の記述です。
第四に、脱炭素との噛み合わせがあります。2040年代以降の需要が読みにくい状態で長期の引取義務を負うことは、それ自体がリスクです。長期契約を厚くする判断と、需要が減る前提で身軽にする判断は、どちらも合理的でありうる。
第五に、3月の局面が示したのは、契約構造だけが安全弁ではないという事実でもあります。ホルムズ依存度6.3%という調達先の分散、400万トン程度の在庫、そして2021年に構築された地域連携・全国連携スキーム。短期の耐性は、長期契約比率とは別の層で作られています。
第六に、ここまでの主語はほとんど大手です。国がヒアリングした「LNGを自ら調達しているガス小売事業者」は9社。全国に約200ある都市ガス事業者(出典:日本ガス協会「都市ガス事業について」)の大半は、自らLNG船を買い付ける当事者ではありません。契約年限の議論の帰結は、卸価格という形で後から届く。交渉の席にいない側にとって、この話は「備える」対象ではなく「受け取る」条件です。
経営への問い
長期契約の議論は、たいてい調達部門の話として閉じています。けれど今回並べた数字が指しているのは、もっと手前の判断です。
自社は、価格の振れをどこまで飲める会社なのか。スポットが飛んだ年に、いくらまでなら耐えられるのか。逆に、市況が下がった年に長期契約の割高分を抱え続けられるのか。この二つの答えが出ていないと、6,000万トンか7,000万トンかという議論に自社の位置を置けません。
そして、時間軸の問題があります。2030年は、いまの中期経営計画の射程の外にあることが多いはずです。けれど契約の更新交渉は、満了の何年も前から始まります。次の計画期間の意思決定として、それは今期の議題に入っているでしょうか。
自らLNGを調達していない事業者にとっても、無関係ではありません。卸で買う条件は、上流の契約構造が決めます。自社の仕入れ価格が、どの指標に、どのくらいの比率で連動しているのか。それを説明できる状態にあるかどうかは、交渉以前の問題として効いてきます。
安さを買っているのではない、と最初に書きました。買っているのが値幅の狭さなら、その狭さにいくら払うかは、経営が決める話です。
まとめ
- 日本に入るLNGの8割程度は長期契約による購入。ただし国の資料は「常に長期契約による調達が安価な訳ではなく、市況によっては価格が逆転することもある」と明記しており、長期契約が買っているのは安さではなく振れ幅の狭さ
- 2040年度時点の長期契約量として5,000/6,000/7,000万トンの3ケースが比較され、6,000〜7,000万トン程度の確保が調達コストの期待値の最小化と振れ幅の縮減に寄与するとの試算が紹介されている(2025年10月15日・資源エネルギー庁資料)
- 大手電力は計画では受入量の9割程度を長期契約とするが、期中の転売や追加スポット調達により実績はそれを下回り、長期契約比率は減少傾向。仕向地条項の撤廃が進み、契約は「動かせる資産」になっている
- 既存契約は2030年以降順次満了し、2030年代前半以降の長期契約量は減少傾向。一方で需給緩和が見込まれるのは2030年頃までで、以降は東南アジアの需要伸長により再び引き締まる可能性が指摘されている
- ただし厚く持てば余剰と転売損のリスクがあり、将来需要そのものに幅がある。資料も「どのような調達ポートフォリオが適切かは一概には言えない」とし、量は経営判断に属するものとして書かれている
※ 筆者は都市ガス事業者に勤務しています。本記事は公表情報のみに基づく個人の見解です。