JR東日本が8月から使う電気は、先月までと同じ小売事業者から、同じように届く。設備も契約も変えていない。それでも年間約22万t分のCO2が、同社の排出量から差し引かれます。動いたのは電子ではなく、証書のほうでした。
① いま、何が起きているのか
2026年8月5日、東日本旅客鉄道(JR東日本)・大阪ガス・Daigasエナジー・広畑バイオマス発電の4社連名でリリースが出ました。JR東日本と大阪ガスが、大阪ガスの代理店であるDaigasエナジーを通じてバーチャルPPAを締結し、環境価値の提供を8月より開始しています。
- 広畑バイオマス発電所(兵庫県姫路市)を、FIT制度からFIP制度へ移行
- 同発電所で発電される年間約5.3億kWh分の環境価値を、大阪ガスが非FIT非化石証書としてJR東日本に提供
- これは年間約22万tのCO2削減に相当し、JR東日本におけるCO2排出量の約12%にあたる
モノとお金の流れも、リリースに明示されています。大阪ガスが同発電所の発電した電気と環境価値の全量を買い取り、電気は日本卸電力取引所(JEPX)に売却。環境価値のほうだけを、JR東日本が大阪ガスから購入します。JR東日本が実際に使用する電気は、既存の小売契約により小売電気事業者から供給される——発電所とJR東日本の間に、電線がつながっているわけではありません。
出典:大阪ガス「広畑バイオマス発電所がJR東日本へバーチャルPPAにより環境価値を提供」(2026年8月5日)
発電所そのものは2023年12月に運転を開始しています。バイオマス専焼としては国内最大級の発電容量(約7.5万kW)で、燃料には輸入木質チップとパーム椰子殻(PKS)のほか、林地残材・未利用間伐材といった国産木質チップも使用している、とされています。
② なぜ、これが重要なのか
この取引が成立する前提は、FIT制度からFIP制度への移行にあります。
非FIT非化石証書とは、FIT制度の適用を受けていない再エネ発電所の環境価値を証書化したもの——リリースはそう定義しています。定義からの帰結として、FIT下にある間、その発電所の環境価値を発電事業者が特定の相手に売ることはできません。FIPへ移れば、発電事業者は電気と環境価値を卸電力取引市場等で売買し、それとは別にFIPプレミアム(FIP基準価格と参照価格の差額)を受け取る。参照価格は市場価格に連動し、1ヵ月単位で見直されます。
つまりFIP移行とは、収入の一部を市場変動に晒す代わりに、環境価値を切り出して単独で売れるようにする手続きでもある。経済産業省が再エネの電力市場への統合と主力電源化を進めるためにFIP移行を促進している、とリリースは背景を説明しています。制度が狙った「市場統合」の副産物として、証書という商品が事業者の手元に生まれた、という順序です。
ガス事業者の側から見ると、ここで売っているのは分子(ガス)でも電子(電気)でもありません。証書です。ガス管も、自社の小売契約も要らない。買い手はJR東日本——導管の届く範囲の需要家、という伝統的な顧客像の外側にいます。排出に値段がつくほど、排出しないことの価値にも値段がつく(→GXとカーボンプライシング)。その値札が、地理から独立した商品として立ち上がっています。
③ だとすると、業界はこう動く
電源の「出口」が増える。 同リリースでDaigasグループは、2030年度までに自社開発や保有、調達を含めて国内外で500万kWの再エネ電源の普及に貢献することをめざす、としています。これだけの電源が生む価値を自社の電力小売メニューだけで捌こうとすれば、顧客基盤の大きさが天井になる。証書として切り出せば、小売契約のない相手にも届けられます。総合エネルギー企業化の議論(→電力とガスの融合)は電源と顧客を両方持つ話として語られがちですが、証書はその一対一の対応を外します。
既存FIT電源の扱いが、経営判断の対象になる。 広畑は2023年12月運開の、まだ新しい発電所です。それをFIPへ移した。固定価格の収入を手放し、月次で見直される参照価格を引き受ける判断が、そこにあります。同じ判断は、FIT期間中の再エネ電源を持つ他の事業者の机にも、これから順に載っていきます。
「どの証書か」を買い手が問い始める。 大阪ガスは7月6日にも、J:COMとのバーチャルPPA契約を発表しています。こちらは2028年10月から西日本エリアの拠点へ供給を開始する予定で、新たに建設される太陽光発電所から環境価値を創出する。大阪ガスはこれを、世の中に新しい再エネ発電所を増やす「追加性」を備えたスキームだと説明しています。既存電源のFIP移行と、新設電源の開発。同じバーチャルPPAという器に、性格の違う中身が入ります。買い手側のカーボンニュートラル目標が厳密になるほど、この差は値段の差になっていくはずです。
出典:大阪ガス「JCOM株式会社の戦略的パートナーとしてバーチャルPPAによる環境価値の供給が決定」(2026年7月6日)
④ 経営として、何を問われるのか
自社が持つ再エネ電源について、価値の売り方を何通り持っているか。小売メニューの原資として使うのか、証書として切り出して外に売るのか、組み合わせるのか。FIT期間が残っているうちは、この問いを立てなくても収入は入ってきます。立てないままFIT期間が終わる、という道筋もある。
そして、証書がどこからでも買えるということは、どこからでも売り込まれるということでもあります。地理で守られてきた顧客は、地理から自由な商品では守られない。自社の需要家が他社の証書を買う日を、いま社内では何と呼んでいるでしょうか。
まとめ(3行)
- 大阪ガスが広畑バイオマス発電所をFIPへ移行し、年間約5.3億kWh分の環境価値を非FIT非化石証書としてJR東日本へ提供開始。年間約22万t、同社CO2排出量の約12%に相当(2026年8月5日発表)
- 電気はJEPXに売られ、JR東日本には既存の小売契約経由で届く。当事者の間で動くのは証書だけ
- FIP移行は市場変動を引き受ける代わりに環境価値を切り出す手続き。既存電源か新設電源かという「追加性」の差が、次の論点になる