2週間前、LNGのスポット価格を押し戻したのは在庫の厚みでした。その在庫は、先週さらに厚くなっています。それでも今度は、値が止まりませんでした。
① いま、何が起きているのか
JOGMECの週次価格動向によれば、北東アジア向けスポットLNGの指標価格JKM(8月受渡)は、7月10日の17ドル後半から、7月15日に20ドル前半、7月17日には20ドル後半まで上昇しました。
JOGMECが背景として挙げているのは二つです。ホルムズ海峡をめぐる混乱が続くなか、イランがUAEのタンカー2隻を攻撃したことを受けて、同海峡を通過するLNG輸送への懸念が強まったこと。そして7月15日以降は、米・イラン対立の再激化により供給途絶懸念が高まったこと。
同じ週の在庫はどうだったか。経済産業省が7月15日に発表した発電用LNG在庫は、7月12日時点で242万トン。前週比8万トンの増です。減っていません。増えています。
出典:JOGMEC「天然ガス・LNG関連情報」週次価格動向(2026年7月21日掲載)
なお、この一つ前の週も、きっかけは同じホルムズ海峡でのタンカー攻撃でした。JKMは7月8日に18ドル半ばまで跳ね、週末の7月10日には17ドル後半へ下げている。JOGMECはその下げを、日本・韓国の在庫水準が高くスポット需要が限定的だったためと説明していました(前号「LNG価格を押し戻したのは、情勢の好転ではなかった」/JOGMEC 2026年7月13日掲載分)。
② なぜ、これが重要なのか
二つの週を並べると、同じ材料に対して市場が逆の反応を返していることが分かります。
前の週は、有事で跳ねた値を在庫が押し戻しました。手元に十分あるから、高値では買わない。買い手が引けば、値は戻る。蓄えが有事の上乗せを吸収した形です。
先週は、その蓄えがさらに積み増されていました。それでも価格は17ドル後半から20ドル後半へと切り上がっている。在庫が増えた週に、値が3ドル前後上がったわけです。
ここから読み取れるのは、在庫が効く相場と効かない相場がある、ということだと思います。
在庫が価格を押し戻せるのは、市場が「足りるか、足りないか」を値付けしているときです。タンクに余裕があるなら、今日は買わずに済ませられる。買い手が減れば値は下がる。ところが市場の関心が「これから船が通れるか」に移ると、話の筋が変わります。手元の在庫は今日の需要を満たしますが、来月の航路を確保してはくれない。タンクにいくら積んでも、海峡は買えないからです。
在庫は「量」に対する備えであって、「経路」に対する備えではない。当たり前のことですが、前の週の値動きがあまりに鮮やかに在庫の効き目を見せたぶん、先週の反応はその区別を突きつけた形になりました。
③ だとすると、業界はこう動く
第一に、在庫指標の読み方を場合分けする必要があります。在庫の増減は、市況を語るときにいちばん手近な数字です。しかし先週のように、在庫が増えながら値が上がる週がある以上、「在庫が厚い=価格は落ち着く」と一本の線で結ぶ説明は危うい。いま値を動かしている主因が需給の量なのか、輸送経路への不安なのかを見極めてから、在庫の数字を持ち出す順序になります。日本の調達構造そのものはLNG市場の解説章に譲りますが、指標は一つで足りる、という前提はここで崩れています。
第二に、分散の軸が「産地」から「航路」へ広がります。どこの国から買うかは長く議論されてきました。一方、その貨物がどの海路を通ってくるかは、契約書の産地欄には書かれていません。産地が分散していても、船のルートが特定の隘路に集中していれば、リスクは思ったほど散っていないことになります。逆に、産地が一か所でも通る海が違えば、途絶の相関は低い。調達ポートフォリオを地図の上で引き直す作業が要る、ということです(エネルギー安全保障の解説章)。
第三に、説明の順番が変わります。原料費の調整は時差を伴って料金に効きます。先週の20ドル台がそのまま来月の請求書になるわけではない。ただし今回のように、在庫が積み上がっているというニュースと、価格が上がったというニュースが同じ週に並ぶと、両方を見ている需要家には矛盾に映ります。「在庫はあるのに、なぜ上がるのか」——この問いに、量と経路を分けて答えられるかどうか。市況の説明責任は、数字を伝えることから、数字同士の関係を説くことへ移りつつあります。
一点、留保を置きます。ここで比べているのは2週分の値動きにすぎません。在庫と価格の関係は本来もっと多くの要因——欧州の需要、他地域の設備トラブル、為替——に左右されるもので、たった2週で「在庫は効かなくなった」と結論づけるのは行き過ぎです。言えるのは、在庫の厚みが常に価格の重しになるとは限らないという、控えめだが実務上は無視できない事実のほうです。
④ 経営として、何を問われるのか
自社の調達を、産地ではなく「通る海峡」で並べ替えてみたことはあるでしょうか。
供給元の一覧なら、どの会社にもあります。国名と、契約期間と、数量。ただ、その一覧を航路で並べ替えた紙を持っている会社は、そう多くないはずです。並べ替えて初めて、分散しているつもりの調達が、実は同じ一本の水路に何割乗っているのかが見える。
その紙が手元にないなら、作るのは凪いだ週のほうが向いています。値が動いてからでは、地図を描く時間はもうありません。
まとめ(3行)
- JKM(8月受渡)は7月10日の17ドル後半から7月15日に20ドル前半、7月17日には20ドル後半へ上昇。JOGMECはホルムズ海峡をめぐる混乱とイランによるUAEタンカー2隻への攻撃、7月15日以降の米・イラン対立の再激化による供給途絶懸念を背景に挙げている
- 同じ週、発電用LNG在庫は7月12日時点で242万トン・前週比8万トン増。在庫が増えた週に値が上がった——前週、在庫の厚みが価格を押し戻した局面とは逆の反応
- 在庫は「量」への備えであって「経路」への備えではない。分散を産地だけでなく航路で点検し、在庫と価格を一本の線で結ばずに説明できるかが問われる