2021年に始まった10年計画が、ちょうど折り返しの評価を受けました。2026年3月9日、経済産業省のガス安全小委員会に「ガス安全高度化計画2030」の改訂案が諮られ、5年分の実績が指標と並べて示されています。結果は、ほとんどの項目で目標に届いていた。ただし供給段階だけが、届かないまま残っています。なぜそこだけ動きにくいのかを掘ります。
背景 — なぜ今、これを掘るのか
「ガス安全高度化計画2030」は、2021年4月に公表された10年計画です。掲げた目標は「2030年の死亡事故ゼロ」。国・ガス事業者・需要家・関係事業者がそれぞれの役割を果たすという枠組みのもとで、製造・供給・消費の各段階に数値の目安(安全高度化指標)を置いています。
この計画は当初から、5年の経過時期に総合的な中間評価を行い、必要な見直しを検討すると定めていました。その5年目が2026年で、3月9日のガス安全小委員会に改訂案が出されています。つまりこれは、2030年までの後半5年をどこに重心を置いて走るかを決める資料です。
出典:経済産業省「『ガス安全高度化計画2030』の改訂について」(2026年3月9日・産業構造審議会 保安・消費生活用製品安全分科会 ガス安全小委員会 資料1-1)
同じ日には、都市ガスの保安の現状と課題をまとめた資料も出ています。そこに載っているのは、2040年に向けた保安人材の需給見通しと、事業者アンケートの結果です。保安の仕組みの章で扱ってきた「何重にも張られた安全装置」の話が、装置ではなく担い手の話に移りつつある——その移り方が、数字の形で見えるようになっています。
論点① 指標に届いた項目と、届かない一か所
まず実績です。計画2030の実施期間(2021〜2025年)の5年平均を、2030年時点の指標と並べると、こうなります。
- 全体の死亡事故:指標「0〜1件未満」に対し 1件 →「指標に近づきつつある」
- 全体の人身事故:指標「20件未満」に対し 19.4件 →「指標を下回る」
- 消費段階の死亡事故:指標「0〜0.5件未満」に対し 0.4件 → 下回る
- 消費段階の人身事故(排ガスCO中毒):指標「5件未満」に対し 3.4件 → 下回る
- 消費段階の人身事故(排ガスCO中毒以外):指標「10件未満」に対し 6.6件 → 下回る
- 製造段階:死亡事故0件、人身事故0.2件 → いずれも下回る
事故件数の全体でも、2021〜2024年の年平均は約300件で、2016〜2020年の年平均約400件から減っています。都市ガスの需要家件数は増加傾向にあるため、事故の発生率そのものも減少していると資料は考察しています。
そのなかで、ひとつだけ評価の言葉が違います。
- 供給段階の死亡事故:指標「0〜0.2件未満」に対し 0.6件 →「やや指標と開きあり」
- 供給段階の人身事故:指標「5件未満」に対し 9.2件 →「やや指標と開きあり」
人身事故で見れば、指標の倍近い水準です。中間評価のまとめは「ガス安全高度化計画2030に基づくこれまでの取組は一定の有効性があったものと認められる」としたうえで、死亡事故が発生した項目(供給段階・消費段階)を中心に実行計画を追加する、と結んでいます。全体としては合格で、追加の手当てが要るのはこの一か所だという整理です。
なお、この期間にガス事業法上の重大事故(B級事故以上)は11件発生し、うち死亡事故は5件でした。A級事故の発生はありません。
論点② 消費段階は機器で解けた。供給段階は解けない
なぜ供給段階だけ動かないのか。段階ごとに、事故を減らすための手段が違うからです。
消費段階の対策は、機器・設備対策と周知・啓発が柱です。前者は安全型機器等の更なる普及拡大と業務用機器等の安全性向上、後者は非安全型機器等の取替のおすすめや換気励行のお願い。どちらも突き詰めれば、より安全なモノに入れ替えていけば減っていくという筋です。時間と費用はかかりますが、やるべきことの形は決まっています。
供給段階はそうなりません。計画が供給段階に置いている対策は三本立てで、他工事事故対策、自社工事事故対策、そしてガス工作物の経年化対応(経年管対策の着実な推進)です。このうち経年管の対策は、消費段階と同じく設備を入れ替えていく話——時間と資金の問題になります。
今回の改訂が強化したのは、残る二つのほうでした。他工事事故は、ガス管の近くで他の事業者が工事をして傷つけてしまうもの。自社工事事故は、ガス事業者側の作業で起きるものです。どちらも、モノの性能ではなく工事と人の手順に宿ります。資料も「死亡事故を踏まえた他工事事故・自社工事事故対策の更なる強化を図る」と書いています。
追加されたのは、こうした項目です。
- 他工事事故対策の強化:他工事事故防止に資する新たな取組の展開/国・自治体・事業者の連携強化による周知方法の多様化
- 自社工事事故対策の強化:酸欠事故の再発防止のための実効性のある対策の推進/スマート保安を活用した自社工事事故防止に資する取組の検討
さらに共通項目には「優良事例の横展開を推進」「道路管理者等との情報共有・連携」「認定高度保安実施事業者制度等の利用促進」の三つが加わりました。認定高度保安実施事業者制度は2023年、大臣特認制度は2024年に創設された仕組みで、どちらも計画2030を作った後に整備されたものです。改訂は、その後にできた道具を計画の中に組み込んだことになります。
ここで話が人材・技術継承とDXの章につながります。改訂が動かそうとしているのは、人の手順そのものを変えるか、人の手順を機械に支えさせるか、のどちらかです。計画の見直しが人材とスマート保安の側に寄ったのは、設備の入替とは別に打てる手がそこだったからだと読めます。
論点③ 「やるべきこと」と「やれる体力」が、規模で割れている
ただ、同じ日のもう一本の資料を読むと、その手段にも前提条件があることが分かります。
日本ガス協会の会員企業等約200社を対象に行われた「令和7年度エネルギー需給の安定化等に向けた産業保安実態調査」(回答104件・回答率約52.0%、2025年12月15日〜2026年1月9日)から、いくつか拾います。
採用では、令和6年度の新卒採用計画を達成できた企業は62社中13社(21.0%)でした。従業員規模で分けると、1,001〜5,000人では4社中3社(75.0%)が達成しているのに対し、100人以下では48社中8社(16.7%)、101〜1,000人では10社中2社(20.0%)にとどまります。
デジタル技術の導入も、内容によって差が大きい(全体n=103)。書類の電子化・ペーパーレス化は73.8%、IoTセンサー等による遠隔・常時監視は53.4%まで来ています。一方で、AIによる異常予兆検知・故障予測は6.8%、デジタルツインの活用は1.9%。資料は「AI、VR、AR、デジタルツインなどの高度な技術の導入はあまり進んでいない」「企業規模が大きい企業においては、ウェアラブルカメラ、AI、VR、AR、デジタルツインなどの高度な技術の導入も比較的進んでいる傾向にある」と整理しています。
そして投資です。産業保安業務の技術革新に向けた設備投資について、66.0%の企業が不足感を挙げました(n=104)。導入にあたっての課題として資料が名指ししているのは二つで、費用対効果の不透明性と、デジタル技術投資のための資金余裕の不足です。
2040年の見通しについて、資料はこう書いています。需要の側は、ガス需要が減少する場合でも導管や消費機器などの設備対応のため、AI・ロボット等による労働代替を考慮しなければ現在と同程度の需要が見込まれる。供給の側は、現在の若年層の比率が高い従業員構成から一定数の人材確保が期待されるものの、新卒採用の計画未達や自己都合離職者の傾向が継続する場合には、需要を下回る事態も見込まれる。とくに中小規模のガス事業者における産業保安人材と、建設業を中心とする協力企業の工事施工力の確保に懸念がある——と。別の審議会の議論も引かれており、2040年断面では建設業の現場人材について約30万人の不足が想定されています。
出典:経済産業省「都市ガスの保安に係る現状と課題について」(2026年3月9日・同小委員会 資料6)
供給段階の事故を減らす手段がスマート保安と人材にあるとして、その手段を握れる体力のほうは、事業者の規模で分かれている。これが同じ日の資料から見える二枚目の絵です。
反対から見ると
ここまでの読み方には、いくつも留保が必要です。
第一に、「供給段階だけが減っていない」という読み方は、報告ルールの変更をまたいでいます。資料は「2023年から供給段階の事故における報告対象を変更したことにより、供給段階での事故報告件数が減少」と注記しています。件数の時系列をそのまま並べて比べられる区間ではありません。
第二に、事故件数はもともと少数です。計画自体が「単年で評価する場合、数件の事故件数の増減で評価が左右される」として、過去5年の平均をとるなど複数年の推移も勘案して総合的に判断すると定めています。9.2件と「5件未満」の差も、その精度の中にある差です。
第三に、人材難を煽るのは資料の評価より強い読み方になります。新卒採用者の3年以内離職率は全体平均7.6%(n=65)で、資料は「産業全体の新卒採用者の3年以内離職率の平均値は、約8%と他の保安業界と比べて低い水準になっており、若手の離職は課題として重要性が低いと考えられる」と明記しています。人が辞めるから足りない、という筋ではありません。足りなくなるとすれば、それは入ってくる人数の側の話です。
第四に、2040年の推計そのものに限界があります。資料は、委託先(工事会社等)の人数を含めていないこと、供給数・需要数は実態調査結果の追加反映等で変更される可能性があることを、前提として明記しています。アンケートも回答率は約52.0%で、答えていない約半数の姿は分かりません。
そして、この中間評価が下した総合判定は否定的なものではありません。「一定の有効性があったものと認められる」であり、方向転換ではなく継続と追加です。危機の物語として読むより、届いていない一か所に資源を寄せ直す調整として読むほうが、資料の姿には近いはずです。
経営への問い
供給段階の事故のうち、他工事事故は自社の中で閉じません。掘るのは他の事業者で、道路を管理するのは自治体です。改訂で「道路管理者等との情報共有・連携」が共通項目に入ったのは、自社の手順を磨くだけでは指標に届かないという判断の表れでしょう。自社の埋設情報は、他の工事をする人がその場で使える形になっているでしょうか。
もう一つは、認定高度保安実施事業者制度の受け取り方です。ガス事業環境整備ワーキンググループのヒアリングでは、この制度を活用することで事業者の判断により漏洩点検の頻度を調整でき、効率的・合理的な保安対応が可能になっているという趣旨の発言が紹介されています。同じ制度を「点検を減らせる緩和」として使うのか、「保安の水準を自ら証明し続ける約束」として使うのかで、5年後に手元に残るものは変わります。
そして投資です。不足感を挙げた66.0%と、費用対効果が分からないと答えた声は、おそらく同じ会社の中に同居しています。効果が見えないから投資できず、投資しないから効果も見えない。この輪をどこで切るか。実態調査では、デジタル技術の導入がうまくいった背景として、中小規模の企業が「現場において導入に強い意向」を最も多く挙げていました。切り口は経営会議より先に、現場の側にあるかもしれません。
まとめ
- ガス安全高度化計画2030(2021年4月公表・目標は2030年の死亡事故ゼロ)の中間評価が、2026年3月9日のガス安全小委員会に諮られた。2021〜2025年の5年平均は、全体の人身事故19.4件・消費段階の死亡事故0.4件など大半が指標を下回った一方、供給段階だけは死亡事故0.6件・人身事故9.2件で「やや指標と開きあり」と評価された
- 計画が供給段階に置く対策は他工事事故・自社工事事故・経年化対応の三本立てで、今回の改訂が強化したのは前の二つ=人と手順の側だった。追加項目が酸欠事故の再発防止、スマート保安を活用した自社工事事故防止、認定高度保安実施事業者制度の利用促進だったのは、その帰結として読める
- ただし供給段階は2023年に事故報告の対象が変更されており、件数の時系列比較には注意が要る。人材面も、離職率は資料が「重要性が低い」と評価する水準であり、争点は入口の人数と、規模で分かれる投資余力の側にある
この記事の一次資料(2)
- 経済産業省「『ガス安全高度化計画2030』の改訂について」(2026年3月9日・産業構造審議会 保安・消費生活用製品安全分科会 ガス安全小委員会 資料1-1)
- 経済産業省「都市ガスの保安に係る現状と課題について」(2026年3月9日・同小委員会 資料6)
記事の数字・範囲を限る言葉・増減の向き・因果は、公開前に別のAIがこれらの資料の原文と照合しています(編集と検証のしかた)。正確な判断が必要なときは、原文をご確認ください。
あなたの声を聞かせてください
1タップで答えられます。集計はその場で見られます。
この話、あなたの仕事との距離は?
よければ教えてください(最初の1回だけ・任意)
「同じ業務の人はこう答えた」を表示できるようになります。この端末にだけ保存され、名前などは聞きません。
回答は匿名で集計します。寄せられた声は、記事と解説づくりに使います。取り扱いについて